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東京地方裁判所 平成11年(ワ)11589号 判決 1999年12月20日

原告

二宮英温

ほか一名

被告

齋藤隆之

ほか一名

主文

一  被告齋藤隆之は、原告二宮英温及び原告二宮きよ子に対し、それぞれ七七三四万五七〇八円及びこれらに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、一項の判決が確定するのを条件として、原告二宮英温及び原告二宮きよ子に対し、それぞれ七七三四万五七〇八円及びこれらに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告齋藤隆之は、原告二宮英温及び原告二宮きよ子に対し、それぞれ一億二二三六万九七三三円及びこれらに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、一項の判決が確定するのを条件として、原告二宮英温及び原告二宮きよ子に対し、それぞれ一億二二三六万九七三三円及びこれらに対する平成九年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、普通乗用自動車で走行中に後記交通事故により死亡した二宮竜太(以下「竜太」という。)の父である原告二宮英温(以下「原告英温」という。)及び竜太の母である原告二宮きよ子(以下「原告きよ子」という。)が、加害運転者であり、かつ、加害車両の所有者である被告齋藤隆之(以下「被告齋藤」という。)に対し民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、また、被告齋藤との間で自動車保険契約を締結していた被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対し右保険契約に基づき、右事故によって原告らに生じた損害の賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲一号証の1ないし3、二ないし四、六〕及び弁論の全趣旨により認められる事実)

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 事故の日時 平成九年一月一日午前三時一七分ころ

(二) 事故の場所 静岡県富士市高島町九五番地先交差点内(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被告車 普通貨物自動車(沼津一一そ六〇七四。所有者及び運転者・被告齋藤)

(四) 事故の態様 竜太が、信号機によって交通整理が行われていた本件事故現場に、青色信号表示に従って普通乗用自動車で直進したところ、制限速度が時速三〇キロメートルと規制されている道路を時速約八〇キロメートルの速度で被告車を走行させ、赤色信号表示を無視して同現場に進入してきた被告齋藤が、被告車を被害車の左側面に衝突させた。被告齋藤は、当時、呼気一リットルにつき〇・四五ミリグラムのアルコールを保有する状態であり、また、本件事故の約五分前である平成九年一月一日午前三時一二分ころ、交差点で信号待ちをしていた訴外丸田克行運転にかかる普通乗用自動車の後部に追突するという事故を発生させ、右丸田の追跡を免れるため逃走中であった。

2  竜太の死亡

竜太は、本件事故により、即死した。

3  責任原因

(一) 被告齋藤は、本件事故につき前記1(四)の過失があるから、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社は、被告車について被告齋藤との間で締結した自動車総合保険契約に基づき、原告らに生じた損害を直接賠償すべき責任がある。

4  身分関係

竜太は、本件事故当時、三二歳(昭和三九年六月二七日生)であった。原告英温及び原告きよ子は竜太の父母であり、相続によって竜太の権利義務を各二分の一の割合により承継した。

三  争点(原告らの損害)

1  原告らの主張

(一) 竜太の損害

(1) 逸失利益 一億七一二三万九四六七円

竜太は、本件事故前の平成八年に、勤務医として一三一一万一四八九円の実収入を得ていたが、同年三月及び四月に足の手術のために欠勤したため、右収入には、右欠勤期間に相当する給与(勤務手当、宿日直手当等)が含まれていない。したがって、逸失利益の算定に当たっては、同年三月及び四月を除いた一〇箇月分の給与の平均月額を一二倍した金額に、実際に得た期末手当、勤勉手当、雑給を加えた額である一三九四万四三一〇円を基礎とすべきである。また、医師は知的職業であり、平均余命期間中就労が可能であるから、就労可能年数は四五年間(三二歳から七七歳まで)と考えるべきである。本件事故当時原告英温は六三歳、原告きよ子は六七歳と高齢であり、竜太はその唯一の子であるから、生活費控除率は、一家の支柱として三〇パーセントを控除することが相当である。

したがって、竜太の逸失利益は、一三九四万四三一〇円を基礎収入とし、その生活費控除率を三〇パーセントとして、年別のライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息(三二歳から七七歳まで四五年間の就労可能年数に対応するライプニッツ係数は一七・七七四〇)を控除して算定すると、一億七三四九万二三一六円となるから、少なくとも一億七一二三万九四六七円を下らない。

(2) 慰謝料 三〇〇〇万円

竜太は、本件事故当時、三二歳の独身の医師であり、耳鼻咽喉科や頭頸部癌の治療の分野における最先端の医学知識と技術を習得して、頭頸部癌患者の術前及び術後の栄養摂取の方策を開発するなど、医療研究に強い情熱を傾け、今後本格的に研究を継続していこうとしていたものであり、また一層の年収の増加が見込まれていた。その他、本件事故の態様が極めて悪質であることなどに照らすと、慰謝料は、三〇〇〇万円が相当である。

(3) 合計 二億〇一二三万九四六七円

(二) 原告らの損害

(1) 葬儀費用 各原告につき七五万円

原告らは、竜太の葬儀費用として五一九万〇五一四円、その他墓地や墓碑の取得等を含めて合計一〇二四万六九九四円を支出したから、葬儀費用は、各原告につき七五万円を下らない。

(2) 固有の慰謝料 各原告につき一〇〇〇万円

原告らは、同人らの唯一の子である竜太が、やがて結婚し孫が誕生することを大きな楽しみとしていたし、竜太は、原告らの老後の生活の心の支えとなる存在であった。また、原告らの家系は代々医師として医療に従事してきたものであり、竜太はその伝統を引き継ぐ者であった。このような息子を本件のような悪質な事故によって失った原告らの悲しみと憤りは筆舌に尽くし難く、原告ら固有の慰謝料は、それぞれ一〇〇〇万円が相当である。

(3) 竜太を相続したことによる損害賠償請求権 各原告につき一億〇〇六一万九七三三円

原告らは、竜太の被告らに対する損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。したがって、原告らは、右相続により、被告らに対し、それぞれ一億〇〇六一万九七三三円の損害賠償請求権を有している。

(4) 弁護士費用 各原告につき一一〇〇万円

原告らは、本件の訴訟追行を原告代理人に依頼した。本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、本訴請求額である二億二二七三万九四六六円の約一割に相当する二二〇〇万円が相当である。原告らは、請求金額の割合に応じて各二分の一ずつ弁護士費用を負担するから、原告らの弁護士費用としてはそれぞれ一一〇〇万円が相当である。

(三) 小括

以上のとおり、原告らは、それぞれ一億二二三六万九七三三円の損害賠償請求権を有している。

2  被告らの主張

(一) 逸失利益について

逸失利益を算定するに当たっては、竜太の事故前の実収入額である一三一一万一四八九円を基礎とすべきである。また竜太は独身者であるから、生活費控除率は五〇パーセントが相当であり、就労可能年数は、三二歳から六七歳までの三五年間とすべきである。

(二) 弁護士費用について

被告会社は、本訴提起前に、原告らに対し、逸失利益として一億〇七三四万三七六〇円、慰謝料として二二〇〇万円、葬儀費用として一二〇万円の合計一億三〇五四万三七六〇円の支払を提示したが、原告らは交渉にも応じなかった。右の事情は、弁護士費用の算定において考慮されるべきである。

第三当裁判所の判断

一  竜太の損害

1  逸失利益 一億一四一九万一四一七円

(一) 証拠(甲七号証)及び弁論の全趣旨によれば、竜太の本件事故前の平成八年の実収入額は一三一一万一四八九円であるが、竜太は、足の手術のため同年三月及び四月のうち一定期間欠勤しており、右期間に相当する時間外手当、特殊勤務手当、宿日直手当、通勤手当等の支給を受けていないことが認められ、右事実を考慮すると、竜太は、将来にわたって、右欠勤がなければ得ることができた収入、すなわち給与として一一七八万六三五二円(同年三月及び四月を除いた一〇箇月の給与総額九八二万一九六九円〔基本給のほか、時間外手当、特殊勤務手当、宿日直手当等を含む〕の月額平均である九八万二一九六円を基礎として算出した年収)、期末手当と勤勉手当として二一二万六六五八円及び雑給として三万四八〇〇円の合計一三九四万七八一〇円の年収を得られる蓋然性が高いものと認められる。

被告らは、竜太の実収入額を基礎として逸失利益を算定すべきであると主張するが、本件事故前の実収入額は、右のとおりの事情により一時的に減額されていたものであり、将来にわたり右事情が継続するとは認められないから、右の実収入額を基礎とすることには合理性がなく、被告らの主張は採用することができない。

(二) 次に、竜太の就労可能年数については、三二歳から六七歳までの三五年間と認めるのが相当である。原告らは、医師という職業は、平均余命中就労が可能であるから、竜太の就労可能年数は三二歳から七七歳までの四五年とすべきであると主張するが、原告らの右主張は将来の予測にすぎず、竜太が平均余命まで就労可能であったという点について高度の蓋然性を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用することができない。

(三) また、竜太は本件事故当時独身であるから、その生活費控除率は五〇パーセントと認めるのが相当である。原告らは、原告らが高齢であることを理由に一家の支柱としての生活費を控除すべきであると主張するが、証拠(甲八号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告英温は株式会社コーマスの代表取締役として収入を得ていることが認められ、原告らが竜太に扶養されていたということはできないから、原告らの右主張は採用することができない。

(四) そこで、一三九四万七八一〇円を基礎収入とし、生活費控除割合を五〇パーセントとして、年別のライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息(三二歳から六七歳までの三五年間の就労可能年数に対応するライプニッツ係数は一六・三七四一)を控除して、竜太の逸失利益を算定すると、次のとおり、一億一四一九万一四一七円(一円未満切捨て)となる。

1394万7810円×(1-0.5)×16.3741=1億1419万1417円

2  慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様は、飲酒の上で追突事故を起こし、その発覚を免れようとして制限速度を大幅に上回る速度で走行中であった被告齋藤の運転する被告車が、同被告の赤色信号表示の見落としという過失により被害車に衝突したという極めて悪質なものであること、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、竜太の慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

3  相続 各原告につき六七〇九万五七〇八円

原告らは、竜太の損害の合計額である一億三四一九万一四一七円について、相続により、それぞれその二分の一に相当する六七〇九万五七〇八円の損害賠償請求権を取得した(一円未満切捨て)。

二  原告らの損害

1  葬儀費用 各原告につき七五万円

証拠(甲一〇号証の1ないし11及び一一の1ないし4)によれば、原告らは、竜太の葬儀費用として五一九万〇五一四円、墓所代金として二五〇万円、仏壇購入費として五五万六四八〇円の合計八二四万六九九四円を支出したことが認められ、そのうち本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては、各原告につき七五万円と認めるのが相当である。

2  原告ら固有の慰謝料 各原告につき二五〇万円

原告らは、その唯一の子である竜太を、前記のような悪質な態様の事故で失ったことにより、いずれも深い精神的損害を被ったことを考慮すると、慰謝料としては、それぞれ二五〇万円が相当である。

三  原告らの損害の小計 各原告につき七〇三四万五七〇八円

原告らは、それぞれ、被告らに対し、前記一3の六七〇九万五七〇八円、二1の七五万円及び二2の二五〇万円の合計七〇三四万五七〇八円の損害賠償請求権を有する。

四  弁護士費用 各原告につき七〇〇万円

本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、各原告につき七〇〇万円と認めるのが相当である。なお、被告らは、訴訟提起前に一億三〇五四万三七六〇円の支払を提示をしたが、原告らがこれに応じなかったことをもって、弁護士費用の算定について考慮されるべきであると主張しているが、我が子を失った両親の心情を考えれば、原告らが訴訟提起前の交渉に応じなかったとしても無理からぬところがあり、このような事情を弁護士費用の算定に当たり斟酌するのは相当ではない。

五  原告らの損害の合計 各原告につき七七三四万五七〇八円

以上によれば、原告らは、それぞれ、被告らに対し、七七三四万五七〇八円の損害賠償請求権を有することが明らかである。

第四結論

よって、原告英温及び原告きよ子の本件各請求は、(一)被告齋藤に対し、それぞれ七七三四万五七〇八円及びこれらに対する本件不法行為の日である平成九年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)被告会社に対し、被告齋藤に対する判決が確定するのを条件として、それぞれ七七三四万五七〇八円及びこれらに対する右同日から支払済みまで同様の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、(三)その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上繁規 馬場純夫 山田麻代)

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